「テロ」って言うな!

 新聞記者が書く文章なんてものは、だいたいにおいて前例の積み重ねからなる定型を踏襲した官僚的作文にすぎないのであって、読んでいてうんざりすることが少なくないのだが、今日の記事に「おや?」と目を引くものがあった。


ハマスの57歳女性が自爆攻撃 ガザ(asahi.com)→ウェブ魚拓+

 パレスチナ自治区ガザ北部のジャバリヤ難民キャンプで23日、イスラム過激派ハマスに所属する57歳の女性がイスラエル兵に対して自爆攻撃をし、兵士3人が軽いけがをした。女性には9人の子供と約30人の孫がいる。64歳との説もあり、これまで自爆攻撃を実行した女性の中で最高齢と見られる。
 女性は近くに住むファトマ・ナジャルさん。AP通信によると、4年前、イスラエル軍に孫を殺され、その後も親類や知り合いの女性たちの犠牲が続き、ハマスに「殉教」を志願したという。最近は自宅も同軍に破壊され、親類の離れで暮らしていた。


 この朝日の記事はもっぱら「自爆攻撃」という語を用いていて、「テロ」という語を一度も使っていないのである。
 ちなみに、同じ事件を読売では「自爆テロ」と呼んでいる。


ガザで地元の57歳女性が自爆、女性テロ犯で最高齢(YOMIURI ONLINE)→ウェブ魚拓+

 女性は9人の子供と約30人の孫がおり、パレスチナの女性自爆テロ犯としては最高齢。不審に思った兵士らが手投げ弾を投げつけた途端、女性は体に巻き付けた爆弾を起爆させ、死亡したという。


 海外のメディアでどうなのかは知らないが、日本の報道ではこういうケースに「自爆テロ」という用語をあてるのがほとんどだろう。
 しかし、爆撃機や戦車を持った武装勢力イスラエル軍)が民間人を虐殺することを「テロ」と呼ばずに、圧倒的な装備を有する軍隊に対し丸腰同然、文字どおり決死で行なわれる抵抗を「テロ」呼ばわりなんて、あんまりだと思う。イスラエルの軍によって孫を殺され、親類・友人を殺され、住む家を破壊されたファトマ・ナジャルさん(と、さきの朝日の記事では固有名と敬称つきで報じている)にとって、わずかな希望があったとすれば、それは自身の死によってパレスチナの絶望的状況への関心が喚起されることであったかもしれないが、なんと新聞は彼女を「テロ犯」呼ばわりしている。
 さて、今回の朝日の記事では「自爆攻撃」と述べているのだが、2年近く前(2005年1月5日)の記事でも、朝日はイラクでの爆破事件を「自爆攻撃」として報じている。そのときも、私は「おや?」と思ってメモしていたのだった。とはいえ、そのときも現在も、朝日を含めた新聞各社は「自爆テロ」という語を使うのが一般的のようで、「自爆攻撃」の語で報じるのは例外的ではあるようだ*1。したがって、推測するに、今回の朝日の「自爆攻撃」との報道は、執筆した記者個人のポリシーと問題意識が反映されているのではないかと考えられる。記者魂だね。
 この朝日の記事は、新聞記事にしては珍しく、個人としての記者の「言葉を選ぶ」という思考の過程や表現における葛藤の痕跡がかいま見えて、興味深い。先に指摘したように、「攻撃」の実行者を固有名および敬称つきで報じているのも、読売の記事が固有名抜きで「テロ犯」とのみ記しているのと対照的だし、さらに朝日の記事では彼女の顔写真も載せている。
 また、冒頭で引用した箇所以外では、次の部分が目をひく。

 一方、イスラエル軍は23日、空からのミサイル攻撃や地上の銃撃戦で過激派の戦闘員ら7人を殺害した。うち2人は市民と見られている。
 イスラエル政府は22日、今月に入ってガザからのロケット弾攻撃でイスラエル市民2人が死亡したため、過激派を標的にしたミサイル攻撃などを強化する方針を決めていた。6月末にイスラエル兵1人が拉致された報復として始まったイスラエル軍のガザ攻撃で、これまでにパレスチナ人370人以上が死亡。半数は市民といわれている。


 引用した2つめのパラグラフでは、2度「死亡」という言葉が使われているのだが、私が注目したのは1つめのパラグラフで「殺害」という言葉が選ばれていることだ。
 主語と目的語をもった行為としての「殺害」を、「死亡」という自動詞表現にすりかえる新聞報道に対する違和感を、私はちょうど1ヶ月前に述べたことがあった
 おそらく、新聞の慣例的表現として「A軍がB地域を攻撃し、B地域の住民が○名死亡した」といった文が、いわば定型文として用いられているのではないかと思われる。実際、こういった非常に奇妙なセンテンス(と私は思うよ)を目にすることが、新聞においては「普通」である。つまり、「A軍がB地域を攻撃し、住民○名を殺害した」という当たり前のセンテンス(と私は思うよ)は、新聞報道においては「型破り」なのではないかと思うのだ。
 先の記事を書いた朝日新聞の記者が、どういう意図と思考のもとに執筆したのか、知るすべはない。ただ、この記事が、新聞社という組織や業界の慣例・因襲に裂け目を開く文体を持っていることはたしかで、もしや見当はずれかもしれないが、ささやかながらエールを送りたいと思い、長々と要領のえない駄文をここまで連ねてきた次第である。

*1:ただし、毎日新聞のサイトで検索をかけてみたら、いずれもリンク切れになっていたが、「自爆攻撃」という語を使用している記事が一部あるもよう。