国家権力の横暴と闘ってきたぜ!


 ポリさんから職質された。まったくもおー。




 ちょうど一月前にも職質を受けた。そのときには、「窃盗事件」なんて言葉が刑事(私服!)の口から飛び出したので、心底びびったのだった。
 今日のは、向こうの言い分が明らかに言いがかりだったのでカチンときたのと、一月前のこともあったので「職質上等! 今度こそ毅然とした態度でのぞんでやる!」という、まあいま冷静になって振り返るにチキンハートの裏返しでしかない勇ましい決意にかられ、「反抗的態度」をとってやった。
 キーッ、国家権力の犬め、なんて思いながら。
 無用に不快な思いをさせちゃったね、ごめんね、ポリちゃん。きみ個人には恨みはないんだ。でもムカツク。キーッ!




 自転車で住宅地のこちゃこちゃした道を走っているときであった。
 後ろからパトカーがゆっくり近づいてきて、「そこの自転車の人、止まってください」ってスピーカーで呼び止められた。で、素直に止まった。
 降りてきたポリ公いわく、「さっき一時停止のところがあったんだけど、止まりませんでしたね」。



 はあ? という感じだよ、まったく。もう1回。はあ?
 そこはもうちょい先に行くと車両通行止めになっているようなところであって、車なんてほとんど通らない場所だ。静かな住宅地なので横道から車が来れば音ですぐわかるし、それでも私は目視で左右確認はしましたよ、一応。
 そんなの取り締まるのは何のためだよ。たんなる言いがかりだろうが。そうじゃないって言うんなら、違反者みつけたら片っ端から取り締まれっつうの。
 職務質問の手段として、どうでもいいささやかな違法行為を口実に使うんだね。恣意的に。まったく、やんなっちゃうよ。




 案の定、ポリは「お名前を聞かせてもらっていいですか」とぬかしやがった。それも威圧的に。
 で、直情径行(でもチキン。ケンカも弱い)のわたくしは「ムカー!」となってしまったのである。
「はあ? 急いでるんだけど」
 そういえば、1ヶ月前も私の第一声は「急いでるんだけど」であった。精一杯強がっても、「うぜえんだよ、バカ」とか「なんか用あんのか、ポリ公?」とか「ドッグフードやるからさっさと犬小屋に帰れよ」とかの真心をまっすぐ言葉にすることはできず、「はあ? 急いでるんだけど」としか言えないボク。ああ。せいぜい「はあ?」と不機嫌面するのが、ありったけのボクの強がり。
 でも、もうちょっとがんばってみたよ。名前聞かれて、めいっぱい渋面つくって「任意なんでしょ? 言わなきゃなんないの?」と聞き返した。




 ポリスマンの答え。「すぐ終わりますから」




 ぎゃー。会話が成立しない! 問いに対して答えていない。しかるべき答えは「はい」か「いいえ」か、どちらかだろうが。もっとも、かりに逮捕されたって黙秘権があるのであって、こっちに名前を言う義務なんてあるわけないのだから、「言わなきゃなんないの?」の答えとして「はい」は不正解。
 もう1回聞いてみた。今度は、「なんで言わなきゃなんないの?」と理由を尋ねてみた。




 ポリ公の答え。「さっき、一時停止場所で止まらなかったでしょ?」




 うむ〜。そうきたか。
 むろん、答えとしては到底納得できない。全然論理的でない。
 だが、「あのさあ、名前を言わなきゃなんない法的根拠を聞きたいんだけど」と聞き返す勇気はなかった。
 不安が先に立ったからだ。こんな「微罪」でも罰則があるのかしら。一時停止を無視したぐらいでも、向こうはけっこうなことができるんじゃないだろうか。公務執行妨害? 関係ないはずだけど。でもなあ。




 で、俺は敗北した。
 しぶしぶ自分の名前を言った。クソポリは自転車の防犯登録ナンバーを無線で照会した。そして、あのジジイは最後に「一時停止では止まってくださいね」とほざいた。勝ち誇ったように。
 俺は「はいはい、わかったよ」と答えるのがやっと。




 ウォー。くやしい! ウキーッ!









 それにしても、チャリの一時停止みたいな、集団や組織の構成員の利益にならないような瑣末な規則が何のためにあるのか、身にしみて分かったよ。たしかに、歩行者の安全のためという理屈は成り立つけれど、それはこの規則の機能のほんの一部分でしかない。
 今でも一般的なのかどうか知らないが、80年代に普通にあった異常に細かすぎる校則とかね。「髪は耳にかからない長さで」とか「制服のスカート丈は……」とか「カバンの芯を抜かないこと。カバンの厚さは○○センチ以上」とか「学生服の裏地に刺繍をしないこと」とか。




 そういった規則は、教師が「取り締まりをやる」ための手段なのだね。そして、「取り締まりをやる」ことは、構成員の安全や福利のためでは必ずしもなく、「取り締まる者」と「取り締まられる者」を分化させ、そのあいだに支配関係を構築せんがための手段なのだわね。
 あったりまえで陳腐な話で恐縮ですが。それは自明のことではあるけれど、ほっといていいことではないように思われる。ポリスはパブリック・サーバントなのであって、本来は集団のメンバーすべてが共有している「取り締まり」の権限を、メンバーのために代行している存在にすぎぬはずなのだから。




 いばってんじゃねえよ、番犬ども。




 なんてことを言ってる俺が、遠吠えする負け犬なんだけどさ。