喫煙者は社会のお荷物


 パターナリズム丸出し、もとい、親切心あふれる煙草の新パッケージであるわけだが。

 喫煙はあなたにとって肺がんの原因の一つとなります。


 「原因の一つ」ね。
 そんなことは分かっているのである。自動車の排気ガスだって「肺ガンの原因の一つ」だろうし、焼き肉の焦げを食うのだってそうじゃねえの、よく知らないけど。自分が受けついた遺伝子だって「肺ガンの原因の一つ」だ。
 たーくさんある「原因」のうちの1つなんだっしゃろうよ、喫煙は。ぜーんぜん、怖くないもんね。


 そう思って下まで読んでみると、やや小さな字でこんなことが書いてある。

疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります。


 「疫学的」? 「的」ってなんだよ。
 それよか、「約2倍から4倍」とは、これまた大雑把な感じがしますね、オレ的には。「2倍」と「4倍」とではだいぶ違うのであって、それこそ「2倍」も違うのである。「約2倍から4倍」というのは要するに「わからない」ということじゃないのですか。
 それにだ。「2倍」とか「4倍」とかいう数字は、非喫煙者の肺がんによる死亡率を明示するのでなければ、意味をもたないのだ。ほとんど脅迫じみている。極端な仮定だが、同じ「2倍」でも、「非喫煙者の死亡率20%→喫煙者の死亡率40%」というのと、「非喫煙者の死亡率0.0001%→喫煙者の死亡率0.0002%」というのでは、月とスッポン、雲泥の差である。リスクが「何倍」になるのかということだけ示されても、そのリスクの大小を評価することはできないんじゃないのかなあ。


 なんかプロパガンダくさいなあ。どうやって「推計」したのかしら。
 そう疑問に思うわけだが、パッケージには厚生労働省のサイトの URL が記載されている。「詳細については」こちらを見ろと書いてある。
 ほう、「詳細」が説明されているのだな、どれどれ、と見に行った。


 パッケージに記載されている URL はこっち。
    ↓
 〜たばこと健康に関する情報ページ〜


 男性は4.5倍、女性は2.3倍ということなのだった*1。なるほど「約2倍から4倍」というのはわかった。
 算出の仕方もだいたいわかった。非喫煙者と喫煙者の肺ガンによる死亡率を統計的に比較しただけというわけだ。統計では「相関」はわかっても「因果関係」は確定できないから、それで「推計」によると「危険性」が高くなるという言い方をしているわけね。まあ、ウソはついていない。「原因の一つ」ね。それでも「4.5倍」だなんて聞くと怖くなる。因果関係は確定できないとはいえ。ので、ここは深く考えないようにしよう、と目をつむる。


 しっかし、件のサイトはなんかプロパガンダ臭がプンプンする。
 煙草のリスクについては、「(財)健康・体力づくり事業財団(健康ネット)」なる団体*2のページへとリンクが貼ってあり、そこで説明されているのだが、これがあやしい。
 ここがその財団のトップページで、その下にたばこのリスクというページがある。問題にしたいのは、さらにひとつ下の階層にある喫煙による超過死亡数(日本)というところ。

 

喫煙による超過死亡数(日本)

 WHOなどの最近の試算によると、日本でたばこが原因とされる死亡数は、2000(平成12)年には114,200人(男性90,000人、女性24,200人)に達しています。20年で約2倍に増加したことになり、この傾向はさらに続くことが予想されています。


 「試算」の根拠や方法についての説明はなし。一応データの出典(タイトルからすると英文)は記されているので、知りたいんだったらそっちを読め、ということだろうか。それにしても、「WHOなどの最近の試算によると」だってさ。「WHOなど」(ほかに何を参照したのよ?)とか「最近の」(いつだよ?)とか、わざと根拠を隠しているようにも見えてしまう。「アホな一般国民」にもとっつきやすい親切な書き方をすると、こういうあいまいな文章になる、ということなのだろうか。


 それはいいとしても、「たばこが原因とされる死亡数」とは何よ。意味が分かりません。
 これが「交通事故が原因とされる死亡数」とか「急性アルコール中毒が原因とされる死亡数」だったらわかる。これらの場合は、死因がひとつに特定できるからね。
 しかし、「たばこが原因」というのは断固として意味不明だ。たとえば、喫煙者が肺ガンで死んだ場合、喫煙はその原因のひとつとして疑われるだろうけれど、それは複合的な原因の《ひとつ》として《疑われる》ということにすぎぬはずで、「たばこが原因」と言い切ってしまえば、そりゃ「ウソ」もしくは「大げさ」もしくは「まぎらわしい」のプロパガンダになってしまうんじゃないじゃろか。喫煙習慣のほかにも、食生活や大気汚染、労働環境、遺伝など、さまざまな要因が疾病の発症および発症後の経過には関係しているのではないのかしら。
 喫煙の影響が疑われる種類の病気で死んだ人のうち、どれくらいの数が「たばこが原因」と言えるのか、反対にそうは言えないのか、どうやって算出したんでしょうか。


 その算出方法が分からないので、今度は2000年の「たばこが原因とされる死亡数」としてあげられている「114,200人」という数字に着目してみる。これ、いくらなんでも多く見積もりすぎじゃないの。どうやったらこんな数字が出てくるのよ。
 ちなみに、同じ年の死亡数は961,563人*3。ということは、死亡者総数(交通事故や自殺など、喫煙とは明らかに関係ない死亡者も含む)のうち、約11.8%を「たばこが原因とされる死亡数」としてカウントしていることになりますね。
 これが多いか少ないかということを考えるひとつの目安として、死因についてのやはり厚生労働省のデータを参照してみる*4厚生労働省は「肺がん」「虚血性心疾患」「脳血管疾患」「慢性閉塞性肺疾患」の4つを「たばこ関連疾患」とカテゴライズしている。この4疾患の死亡者数を合計すると、272,208人(この数字には喫煙者も非喫煙者も含まれる)。この年(1998年)の死亡総数は936,484人*5。ということはわり算をして、死亡総数のうち「たばこ関連疾患」で死亡しているのは、約29.1%。


 以上、まとめてみるとこうなる。

  • 2000年の全死亡者のうち、約11.8%が「たばこが原因」と数えられている。
  • 1998年の全死亡者のうち、約29.1%が「たばこ関連疾患」で死亡しているとされる。


 もちろん、1998年と2000年のデータを単純比較はできないにせよ、「たばこ関連疾患」による死亡者(非喫煙者や、喫煙習慣があってもその影響の出る可能性の低い若年層などの死亡者も含む!)のおおよそ 1/3 が「たばこが原因」の死亡者である、と断じられているとみてよさそうだ。
 残念ながら、「たばこ関連疾患」の死亡者のうちの、喫煙者(もしくは禁煙した人も含めた喫煙習慣経験者)の割合がわかるデータを見つけられなかったので、1/3 という比率が大きいのかどうか、はっきりは言えない。しかし、よっぽどムチャな計算をしないと 1/3 なんて比率は出てこないんじゃないかなあ、という気がする。ていうか、そう思いたい。
 しかも、先に述べたように、かりにヘビースモーカーが「たばこ関連疾患」で死んだ場合にも、その要因は複合的なものであるはずで、それを「たばこが原因とされる死亡」と容易に断定することはできない。おそらく、そういう、生前に喫煙の習慣があり、かつ「たばこ関連疾患」で死んだという人を片っ端から数え上げていかないかぎり、1/3 という比率にはならないのではないのか。
 それとも私が間違っている? だとしたら、こわいなあ。禁煙しようかしら。といっても、もう10年以上、1日1箱以上のペースで喫煙してきたわけで、もう手遅れなんだろうね。禁煙したって、10年か20年後に肺ガンで死んだら、統計上「たばこが原因」の死亡って数えられるんだよ。「コイツは10年以上喫煙していました。だからたばこのせいで死んだのです」って。それも癪だ。


 いや、まあね、煙草が体によくないのは百も承知なのである。それこそ「身をもって知っている」というやつである。だから、WHO や厚生労働省があやしげな統計を持ち出して「危険だ」なんだっていくらわめこうが、「ああそうですか。そうでしょうねえ」などとフニャフニャやってりゃいいのだ。
 それより、やばいと思ったのが、厚生労働省のサイトにあったこれ。

さらに、たばこによる疾病や死亡のために、1993年には年間1兆2000億円(国民医療費の5%)が超過医療費としてかかっていることが試算されており、社会全体では少なくとも4兆円以上の損失があるとされている
http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/b4f.html


 これまた、すんごい数字が出ていますね。算出方法は知らないが。
 先に言及した「(財)健康・体力づくり事業財団(健康ネット)」のサイトにも、まだページが準備されていないものの「社会費用」なる項目がもうけられている。
 財政的な「損失」をもたらすという名目で、「悪者」がカテゴライズされていくのは、ちょいと、というか、かーなり、ヤバイんじゃないの。だって、おんなじ理屈で「障害者」などの社会的弱者を切り捨ててもよいって話にならんの。しかも、そういう財政的な観点と「医学的な根拠」が結びつくというのがミソで、たとえば「先天的な疾患」を事前に「予防」して「超過医療費」を削減しましょうっていう話になりかねないんじゃないのか。杞憂か。でも、それには先例があるわけだしね。
 もちろん、喫煙者が「社会的弱者」とは言えないけれども、役所がすでにこんな理屈を大っぴらに持ち出してきてるってことは、へたをすればそのうち喫煙者だけの問題にはとどまらなくなるよ。

*1:http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/qa/detail1.html

*2:厚生労働省の外郭団体らしい。http://www.health-net.or.jp/gaiyo/gaiyo1.html参照。

*3:厚生労働省が発表しているデータ。http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei00/hyo4.html参照。

*4:2000年の同様のデータが見つけられなかったので、1998年のデータを参照しますが、大きな違いはないでしょう。

*5:http://www1.mhlw.go.jp/toukei/10nenfix_8/hyo1-k.html参照。