万引きについて(1)――マイナス・イーオン


 最近、なんか心身ともに疲れぎみで、この日記も更新できなくて、それでも他愛のないことを考えている。


 1年くらい前に、近所にイーオンが開店した。ウチの近くには、交通量の激しい国道が走っている。その国道から100メートルくらい奥に入った我が棲処は、耳をすませば大型車の走る音が聞こえるものの、なかなか閑静なところである。
 幹線道路というのは、「都市対都市」「都市対地方」といった大きなスケールで見れば、むろん交通路であるのだけど、ちょっとした買い物に出たり飯を食ったりという、近辺で生活している虫の目線から見れば、むしろ交通を遮断する障害物だ。トラックがびゅんびゅん飛ばしているから、信号無視なんてもってのほかだし、その信号だって小走りでないと1回では渡れない。歩道橋などというものをわざわざ登って横断せざるをえないときには、「なめとんのか、コラ」と思う。だから、国道の近隣住民にとって、国道の向こうと行き来するということは、あまりないのである。そして、国道を通る車は、どこか遠くに行ってしまう。びゅーん。
 そんなわけで、国道の脇にあるわが家は、物干し竿がすぐ粉塵で汚れるのには閉口するが、交通量も少なく静かでよいところである。


 こんな場所柄なものだから、どでかいイーオンができたおりには、客が入るのかねえ、と疑問に思ったものだ。しかも、田舎ながらコンビニがあるのに食品売り場は24時間営業だ。要らねえんじゃん、と思っていた。
 ところがところが、おそらく店の巨大駐車場が便利だというのと、あれよあれよという間に近くに高層マンションがポコポコ完成したせいもあるのか、イーオンは大にぎわい。一挙に付近の車の通行量も増えた。
 まあ、私にとっても買い物が便利にはなったし、ウチのあたりの静けさは依然たもたれているので、そのことに文句はない。ただ、そこで買い物をするたびに、不思議に思うんである。なんで、みんな万引きせんのだろう、って。つうか、けっこうしてんのかな。


 地価が安いから可能なのだろうけど、1階の食品だけで、100m × 50m はあるんじゃないかというくらいだだっぴろい。歩きまわるのに疲れるくらい。警備員は何人か配置されているのだけど、彼らや店員が死角を埋めるには、あまりに売り場が広い。で、他のスーパーマーケットなどに比べても、異常なくらい照明が明るい。地球環境には徹頭徹尾やさしくない。
 よくわかんねえけど、ほとんど無駄に思えるほど店舗を広くしたり、照明を煌々とたいたりするのは、たぶん社会心理学だか行動科学だかの知見を活用しているんしょ。消費者の購買心理を刺激する環境がどうのっていう研究をどっかでやってて、その理論を応用してんだっしょ。よくわかんねえけど。
 そうやって誘惑するわけだ。「おら、欲しいだろ、この商品が」って。そう言われた客としては、「だったら、盗ってやろうか」となるのが、まあ人情である。


 しかし、わが町のイーオンでは、見えないところに監視カメラなんかが結構あるのかもしれないが(こんど、よく注意して見てみよう)、目立って警備員が増員した様子もないので、万引きが深刻なほど増えたりはしていないのだろうと推察される。でも、やろうと思えば、盗り放題、持っていき放題ですよ。
 イオーン、じゃねえや、イーオンに限らず、こんにちの商品経済は過度にモノへの誘惑を煽ることによって成立しているわけである。そんななか、私たちのおそらく大多数は、それに煽られながらも、身のほどを超える消費はしない、すくなくとも盗みはしないというブレーキをかけながら生活している。しかしながら、そのバランスというのは、きわめて微妙なもんなんじゃないかなあ、とばかみたいに広くて明るい売り場の中で考えた。
 万引き、窃盗に関しては、「泥棒はなぜ盗むのか」ではなく、「まだ泥棒になっていない人間はなぜ盗まないのか」という問いをたてて考えるべきなんじゃないだろうか、というのが、クソネオリベ政権があろうことか圧倒的支持を受けてしまった昨今の情勢をみながら、他愛もなく考えていることである。


 なぜ、俺が万引きしないかといったら、不安定な雇用で働く労働者としては、そんなことがあるのかどうか知らないけど、ばれて通報された結果、職場に知れたらやばいぜよ、こわいぜよ、ということがあるように思う。
 しかし、そんなブレーキも、ちょっとしたきっかけが与えられれば、ぶっこわれてしまうんじゃないかねえ、と実感する。別に、目の前の品物が「必要」だから盗みたくなるのではなくて、むしろ、その品物が「ほら盗ってください」って誘いかけてくるように見えるからやっちゃうんじゃないかしら。まあ、私はひどく小心者なので、実行に移す可能性は低い(といいんだけど)と思う。
 で、(たぶん)自分はやらないくせに、近所のイーオンでいつ堤防が決壊して、売り場じゅう警備員だらけ監視カメラだらけ、それでも万引き客がひきもきらない、という事態になんねえかな、と期待してたりする。日本中がそうなりゃいいのに。ああ、それだけが楽しみなんだよなあ。ちょっとしたきっかけで堤防は決壊すんのさ。規制緩和とともに、「公共心」だとかいうものもふっとぶのさ。ざまあみやがれ。