Kylie Minogue / Impossible Princess

 画像はカイリー・ミノーグ、1997年のアルバム。
 発表されたとき(もう8年も前なんだね)に、ちょっと気にしていた作品なのだけど、買わずじまいで、音を聴くのは今回が初めて。大晦日に買ってきて今聴いているんだけど、これが、もう、なかなか素晴らしいのですよ。びっくりした。


 カイリーといえば、デビュー曲の "Locomotion"。これが、ライナー・ノートによると87年発表。当時彼女は18か19歳。あの "Come on baby do the loco-motion♪" っていうコーラスが入る歌ですね。なつかしいなあ、僕たしか中学生でしたよ、なんて言っている俺はもうオッサンやな。
 で、97年のこの作品は、それから10年たっているわけだ。それにしても、かわいい。かわいいし、すごくうまい。


 2曲目の "Cowboy style" が特に私のお気に入り。独特の粘りのある柔らかい声が、きれいに伸びる。さほど声に力があるわけではなく、腹からどーんと響いてくる感じの声ではないし、かならずしも太くて厚い声ではない。しかし、彼女の歌にはコクのある響きがある。口蓋や喉、鼻孔のスペースが大きいのだろうか。いや、ね、その、声量の必ずしも豊ではない人の歌は、狭いところから苦しそうに声を絞り出すようになりがちだと思うのだけれど、カイリーの場合、音域的にやや苦しいところと思われるところでも、音がふわりと余裕ある感じで広がるのだ。のだ、って言われてもねえ、と思われるかもしれないが、のだ。
 あと、この曲の場合、子音の "s" や "z" や "th" などの擦過音が多用され、またそれらが特に強調される歌い方がされ、パーカッシヴな効果を生むようになっていると思うんだけど、これが彼女のきれいに伸びる声にパシッパシッと入っておもしろい*1
 曲のあいまあいまにケルト風のストリングスが入る。これが曲に軽快さをもたらしている一方、リズムをリードするベースと高音のキーボードは、ステイしている。つまり、コードが変化するところでも、曲のキー、もしくは5度の音をずっと一貫して出しているということ。
 ケルト風の(という形容が適切なのかどうか自信がないところもあるのだけど)ストリングスは曲に祝祭のおもむきをもたらし、カイリーの歌も軽快な浮遊感をもっている。でもなおかつ、まだ遠くに飛び立たず、1つところを旋回している雰囲気。どこかに出発する前のようでありながら、付近をただよっている。
 華やかで、かつグルーヴィー。グルーヴィーということは、ふつうはやや暗くてじめっとした感触をともうなうものであるように思う。というのも、いったん深く沈み込まないと、大きく浮き上がることはできないからだ。だからグルーヴィーな曲の多くは、ちょっとした陰鬱な深みをともなう。私はそういう曲も好きだけど、カイリーのこの、深さをを打ち消すような明るさと軽薄感がただよう曲も心地よい。


 ほかにも聴かせる曲がそろっているのだけど、もう1曲だけ触れておこう。このアルバムには、Manic Street Preachers がサポートしている曲が2曲ある。そういう理由で、マニックス・ファンの私はこのアルバムを買ったわけです。その2曲のうち、"I don't need anyone" について。
 マニックスのジェームスが作曲、プロデュースとギター、ベースを担当、ショーンがドラムを演奏している。作詞は、やはりマニックスのニッキー(→歌詞こちら)。
 カイリーの歌に呼びかけられるように入ってくるフルートやストリングスは、すこしカーディガンズを思わせる。そういえば、カーディガンズが流行っていたのは、その頃だったかしらね。
 マニックス得意のせつないメロディのポップ・ソング。曲のメロディや展開からすると、センチメンタルな雰囲気になりそうだし、事実そういう要素はあるのだが、これがまたマニックスらしく、そこに緊張感というか焦燥感が同居している。
 まず、演奏のテンポが速い。ゆっくり演ればもっとしっとりはまるようにも思われるのだけれど、ちょっと速すぎるんじゃないかというくらいで演奏する。ベースも、アタックを抑えて静かに潜行しながらも、クールにグルグルかき回すマニックス・ベース。
 感傷と行き場のない焦燥の同居したような演奏をバックに、カイリーは明るく突き抜けるように、自然にノッている。曲を軽くいなして疾走しているようで、気持ちいい。

I don't need anyone
Except for someone that I don't know
I don't need anyone
Except for someone I've not found


「私には誰も必要ない、私の知らない誰かのほかに。私には誰も必要ない、まだ出会わない誰かのほかには。」
 歌詞が曲調・演奏にマッチしている。すばらしい。

*1:歌詞はこちら。歌詞を読んだだけでも、擦過音がリズミカルにバシバシ入っているのがわかるのではないかと思う。