Somebody Got Murdered

 以下の記事。センテンスの途中で、subject と object を転倒さす、という奇っ怪な操作をわざわざ行なってますけんど、報道の「客観性」「中立性」とやらはこういうことを言うんでしょうかねえ。きっとそうなんでしょうねえ。


イスラエル軍がガザ北部攻撃、パレスチナの7人死亡(YOMIURI ONLINE)

イスラエル軍23日、パレスチナ自治区ガザ北部を攻撃し、パレスチナ人7人が死亡した。


 「攻撃し」の主語が「イスラエル軍は」となっているのに対し、センテンス後半の「死亡した」の主語は「パレスチナ人7人が」でありますよ。これにともない、目的語として記述されるべき「パレスチナ人7人」が、センテンスの後半で主語に転換するという、きわめて不自然な構文となっているわけです。
イスラエル軍は(中略)パレスチナ人7人を殺害した」*1でもなく、
はたまた「イスラエル軍は(中略)ガザ北部を攻撃し、パレスチナ人7人が殺害された」でもなく、
パレスチナ人7人が死亡した」と書くんだなあ。新聞ってやつは。
 イスラエル軍による「攻撃」とパレスチナ人の「死亡」という原因・結果を、可能な限り遠ざけて記述しよう、という知恵なんでしょうねえ。率直な話、こういうブン屋さんたちの狡知には感心を禁じえない。


 ところで、調べてみたらおもしろいんじゃないかと思うんだけど、「死亡」という熟語はいつどんな経緯で作られたのだろうか。案外、日清戦争の新聞報道あたりにその起源があるんじゃなかろうか。
 読売の訃報記事を見ても、病死の場合は「死去」と書いている。他の新聞も同様のようである。一方、飲酒運転等による事故死を報じる事件記事の場合、「死亡」という語が選ばれているようだ。そして、殺人事件による死は、はっきり「殺害」という語が使われてるみたい。
 つまり、過失や不運のための事故死だったら「死亡」、故意の殺人の場合「殺害」、という使い分けだろうか。
 では、なぜ、軍隊による殺人は「殺害」と報じられないのだろうか。


 ちなみに、同じ殺人事件を「IRIB ラジオ日本語」では、次のように伝えている。


ガザ地区でパレスチナ人6名が殉教しました。(IRIB ラジオ日本語)

 パレスチナ通信によりますと、23日月曜朝、シオニスト政権・イスラエル軍は、数十台の戦車などを用いて、ガザ地区北部のベイトハーヌーンを攻撃し、この中で、少なくとも、一家5名が殉教、他30名が負傷しましたが、そのうち数名が重体となっています。
 さらに、イスラエル軍ガザ地区のハーンユーノス東部を攻撃し、これによりパレスチナ解放人民戦線の戦士1名が殉教しました。

*1:この形ならば、「イスラエル軍は」という単一の主語によってセンテンス全体を組み立てられるわけだから、読みやすさという点ではベストなはず。