眠るのがもったいない

 昨日の昼から今日の朝まで、途中1時間の休憩を2度はさんだだけ、ほぼぶっ続けで17時間ほど机仕事で、2時間眠り、昼ちょっとした用事を済ませに外出、夕方まで時間が空いたのでファミレスで4時間ねばって昼食に机仕事の残りかたづけだらだら読書、夕方2時間だけ立ち仕事、眠いので吉野家でさっさと食事、さっき帰ってきた。
 体は切実に眠りを欲しているのだけど、なにか眠るのがもったいないような気がして、床についたらとたんに意識を失うのは分かっているのだが床につきたくない。
 幼少のころの、見たいテレビのある晩とか、あるいは10代前半ぐらいになっても、就学旅行やキャンプの消灯過ぎとかに、似たような昂奮をおぼえたことがあったと思う。しかし、あの感覚といま感じている眠りたくなさとでは、質的にかけ離れている。
 あの頃は、眠気をこらえた向こう側に、自分の期待している対象、自分に愉しみを与えてくれる何ものかの存在を、確かなものとして感じることはできた。その対象にいまだ到達してはいないし、その輪郭が見えてすらいないけれども、向こうにそれは存在しているはずだ、という感覚はあった。だから、眠くても、床に入らずに待った。
 ところが、いまはそんな感覚はすっからかんのすってんってんに無くしてしまったのだなあ。「内実を失った期待の形骸」だけがあるというか。実際のところ、何も「期待」なんかしていないのだ。眠気と疲労におそわれると、ただ条件反射のようにして、何かを「待つ」という心理的な構えのようなものを無意識にとってしまうだけであって、私はその「何か」が自分のところにやって来るなんてもはや期待していないのだし、その「何か」が存在するとも感じられない。ただ「待つ」という構えがやめられないから、眠らずに待っている。