ドナドナ

 混んだ電車で首尾よく座れたりなんかすると、ラッキー、と思うけれど、そんなとき隣りの座席のお兄さん、あるいはおじさんが大股を開いて座る人だったりすると、イライラッとする。
 他人の迷惑かえりみないで場所とりやがって! あんたひとりの席じゃないんだぜ、キーッ!
 などと口に出すことはもちろんしないまでも、心のうちで呟いてしまうのは、われながら嫌なもんである。
 私は生来の気弱な性格のためか、そういうふうに座るのに適した体をしているのか、電車の座席にいつも身を縮めて座っているのだが、足をおっぴろげて腰かける人もたぶんそうやって座るのがいわばサガのようなものなのだろう。
 だから、鉄道会社は、座るときに大股開かないではいられない人にも、足を組まずにはいられない人にも配慮した、ゆったりした座席を用意すべきだと思うのだが、なんですかあの「お一人様のスペースはここまででございます」とばかりに細工した腰掛けは。シートの尻をのっける部分に色のしるしが付いていたりするのである。ひどい車両(京浜東北線など)になると、一人分が腰をおろすべき(と鉄道会社が想定する)スペースがへこんでいて、「決してここからはみ出さないで下さいませ」という鉄道会社の強い意志が感ぜられるのだが、あれは体のサイズの大きな人にはとりわけ不愉快なんじゃないかろうか。あんなもんに収らない体格の人はいるもんね。お前は規格外だ、と言わんばかりの座席ごときの傲慢。
 何がかなしくて自分の体に椅子を合わせるのでなく、座席の方に体を合わせねばならぬのか。そうやって長椅子がひとりひとりの客の持ち分を規格化し、われわれはそれに押し込められて、隣りが水平方向に大きな人だったり股おっぴろげ体質の人だったりすると、「邪魔くせえ」とか「迷惑なんだよなこの兄ちゃん」とかいうギスギスした感情に囚われながら、毎日毎日、ドナドナドナドーナーと運ばれていくのである。諸悪の根源は規格化されたシートと混んだ電車、そしてそこに私らを詰め込んで運んでいくシステムだというのに。