マディ・ウォーターズの「なんじゃこりゃ」な作品


 最近買ったCD。MUDDY WATERSのELECTRIC MUDというアルバム。


 これがどう聴いたらよいのかわからない、へんてこりんな作品なのである。
 マディさんは、ブルースといったらこの人というくらいに巨匠な人なのであるらしい。私も以前、1950年代のマディさんのヒット曲を集めたベスト・アルバムなどを買ってきて、「ふむふむ、これはかっこいいですね」などと思ったのである。
 ところが、68年の本作品は、なんでしょうねこれは、ファズをかませたと思われるリード・ギターがワウワウ鳴っているのだけど、あはは、これは変てこだ。3人のギタリストがクレジットされているのだが、たぶんそのうちのPete Cosey*1っていう人かしら。好き勝手にぎゃあぎゃあ鳴らしている。サックスもなんか勝手に楽しんでいる。いいんですか、大御所のまえでそんなことして、というようなものである。
 厳粛な場でおもしろいギャグをとばしている人をみたような感じ。楽しんでいいんだろうか、それとも渋面つくっておいたほうがいいのだろうか。


 こういうときに気になるのは、われながらあさましいことであるが他人様の評価、ブルースに造詣の深い方々はなんとおっしゃっているのか、ということである。Googleで検索して出てきたサイトをみたら、けっこうこきおろされている。Amazonのレビュー*2でも「マディのマジメなファンは聴いちゃいけません」「肩透しでした」など、さんざんな書かれ方をして、おおむね不評である。
 やっぱここは渋面か、と判断してしまうのは昨日までの私。よくよく考えてみたらば、私、評論家じゃないんだし、よいかわるいか、好きか嫌いかなどとてむりやり線引きして聴かなくともよいのである。破天荒な奇天烈さと受けとめ、楽しみたいものである。


 この作品の奇天烈さは、まずもってピート・コージーの野放図なギターということなのだろうが、もうひとつのポイントは、作品がつくられた経緯にあるのかもしれない。CDの帯には「マディのブルースを手本にして登場したジミ・ヘンドリックスにインスパイアされ、サイケデリックでエレクトリックなブルースに挑戦した野心作」なんてことが書いてある。
 そんなところを念頭に印象深い曲を駆け足に紹介。


●LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER
 ローリング・ストーンズの名曲をカバーしたもの。でも、ストーンズのオリジナルの雰囲気はどこかにふっとんでいて、むしろクリームみたいにやろうとしたという意図(リフの感じとかリード・ギターの丸みのあるトーンとか)がバックの演奏からは感じられる。
 マディさんのボーカルはほかの曲とかなり印象が違う。あれ、ミック・ジャガーを意識しているのかな、という気がしないでもない。そう思って聴いてみると、やっぱりきっとそうだよ。いわば弟子のような存在(ストーンズのバンド名はマディさんの曲のタイトルからとったんだそうな)をまねて歌うなんて、きっとマディさんは気さくなおじさんだったんだね。


●SHE'S ALL RIGHT
 ピート・コージーのひきつけを起こしたかのようなノイジーなギターが、マディの足をひっぱっろうとしているようにもみえ、可笑しい。対するマディは、鼻をつまんだような歌い方をしていておもしろいのだが、それが投げやりにも感じられる。終盤、マディが歌うのをやめ、曲は唐突にメジャーに転調(Em→C)して長いギター・ソロがつづくのだが、そのさまがまるで、あきらめて去っていくマディをピートが「ごくろうさん、じゃあねバイバーイ」と見送っているかのようで微笑をさそう。


MANISH BOY
 これは掛け値なしにかっこいい。Aマイナーのワン・コードの曲で4小節の同じパターンがくり返されるだけなのだが、おそろしいくらいにスリリング。マディのボーカルがすごい。この曲でのマディの歌い方は、基本的には1小節でためて3小節で爆発というパターンで、変則的に1小節目の方を強調したり3小節目をおさえたりということだと思うのだけれど、つっこんだりためたりの出し入れと強弱のつけ方で、ワン・コードの曲にすさまじいエネルギーを閉じ込めている。
 ちなみに、この曲にはジミ・ヘンドリックスによる最高にかっこうよいカバーがある。ジミの名演10傑(彼の名演をあげると両手でも足りない)に入ると思う。


 まあ、おもしろいので一聴の価値ありだと思う。買ってみて得したと思うかどうかはわからないですが、損得で音楽を聴くのはそれこそ損ではないかしら。たいていの音楽はなにかしら楽しめる要素があるもので、よいかわるいかの二分法で「評価」しようとして聴くと、せっかくの楽しみが損なわれるのではないかなあ、と思った。