裏通りのManic Street Preachers


 他人の曲をカバーするってことは、昔も今もあるわけだけど、その意味合いは若干変化している気がしないでもない。私のたんなる思いこみって言われればそれまでだけど、他人の「名曲」を演奏するときの本来のあり方っていうのは、パブとかで演奏するバンドが、客から「○○演ってよ」ってリクエストを受けたり、あるいはバンドの方が客層をみて「ここでは○○を演ったらウケそうだな」って判断したりして演奏されるという、そういうもんじゃないかと思う。
 だから、カバーする側が「リスぺクト」「トリビュート」なんてわざわざ言ってみせるとか、過剰に自身の選曲眼をアピールするとか、そういうのは押しつけがましいよなあ、と感じるときがないでもない。「リスぺクト」なんてことを過剰に言うのは、オリジナル曲を演奏した「アーティスト」の「才能」への「リスペクト」ってことなんだろうし、それは裏を返せば、カバーする側の「自分たちのことも『才能』として見てくれよ」というメッセージに聞こえる。
 もっとも、そうやって「演奏」という行為にミュージシャンの「アーティスト」性や「才能」をくっつけずにはいられないのは、こんにちのポップ・ミュージックの販売戦略の問題ではあって、個々の「アーティスト」のせいだけではないのだろうけど。私たちリスナーはリスナーで、いかにも「ウケる」感じの音楽は、「ケッ」つって馬鹿にする、まことに不健全な態度が身体化されてしまっていて、それって「舌が肥えた」つもりになっていながら、じつは「市場」として飼い慣らされているんじゃないか、と思わないでもない。


 今回紹介をばせんとする Manic Street Preachers の LIPSTICKS TRACES というのは、かれらの既発のシングルのカップリング曲とカバーを集めた2枚組コンピレーションCD。かれらは、多くのヒット曲を出しているし、ベスト・アルバムも出ているけれど、マニックス入門としては、このコンピ・アルバムが最適と思う。
 じつはかれらこそ、「ぼくたちを見て、見て、見て。ほらほら才能あるでしょ?」っていうことをしきりとアピールしようとしてた人たちだし、その一方で「リスナーのニーズなんて知ったことか」という態度を前面に出してきた人たちではある。そういう意味では、過剰なまでに典型的な「アーティスト」らしい態度をとってきた人たちではあるのだけれど、演ってる音楽はまさに This is the pop n' roll music、批評家や批評家きどりのリスナーが眉をひそめずにはいられないキャッチーな要素がふんだんにもりこまれているのである、と思う。
 カバーしている曲のライン・ナップからして、Chuck Berry の Rock and Roll Music、Wham!Last Christmas、それにCan't Take My Eyes off You(邦題「君の瞳に恋してる」)*1、Raindrops Keep Falling on My Head*2、Guns N' Roses に The ClashThe Rolling Stones などなど。
 選曲もそうだが、演奏もあまり奇をてらっていないところがよい。アコギ1本で弾き語られる Last Christmas なんて、Wham! が好きな人が聴いても、あまり違和感はないと思う。「君の瞳に恋してる」も、アコギを使って弾き語り風にゆったり演奏してるけど、リード・ギターのメロディなんかは、80年代にヒットしてオリジナル以上に有名な BOYS TOWN GANG によるカバーを踏襲している感じ。
 Happy Mondays の Wrote for Luck のカバーは、一見奇をてらっているようで、そうでもない。たしかに、Happy Mondays は、だらだらぐにゃぐにゃ横ノリグルーヴィーな感じに演奏していたのに対し、マニックスはシャキーンとしたギターのカッティングにシャウトするボーカルでもってかなり速いテンポで演っているのは、かなりおもむきがことなるとはいえる。けれども、ドラムのリズムなんかは原曲にわりと忠実で、テンポは速いのにただの馬鹿パンクにはならずに、原曲にあった横ノリ感はちゃんといきている。
 ありがちな、オリジナルの原形をとどめないようなカバーっていうのは、むろんそういうチャレンジには価値があることだろうし、うまくいっているのもたくさんあるとは思うけど、「ワガハイの才能を見よ! うりゃ、どうだ」っていう自己主張ばかりがぷんぷん匂ってしまうのも多い。オリジナルが好きな人にもサービスするということも、あまり評価されてこなかったような気がするけれど、カバーの大事な要素のひとつではなかろうか。


 なんてことを書いているうちに、紹介がおろそかになってしまったが、このアルバムにおさめられたマニックスのオリジナル曲も、珠玉の名曲ぞろいだ。カバー曲も含めて、印象的な曲をメモ。
◆Comfort Comes
 なぜ、サード・アルバム(ASIN:B000666VKQ)に入れなかったのか。マニックスの最高傑作のひとつだと思う。軽快でいてかつ一歩退いたようなタイトなドラム、ヘビーでゆったりとした不気味なギターリフ、熱いんだかニヒルにさめてるんだかどっちでもあるような奇怪なボーカル、この爆発しそうな爆発しないような、落ち着いているようであやういような宙づり感・浮遊感が、かれらの音楽の真骨頂のひとつではある。めずらしく、ジェームスはストラトキャスター(だと思うんだけど)を弾いている。


◆4 Ever Delayed
 ダウナー系の憂鬱感あふれる美しい曲なんだけど、そんなメロディにも熱いバイタリティを込められるのが、この人たちの音楽の美しさであり強さでもある。打ちのめされて沈む僕たちは、それでも反撃の機会を虎視眈々とねらっている。いまに見てろよ。


◆Donkeys
 テレキャスターはこう弾く、っていうお手本だと私は思っている。地面に落としたらガシャーンと割れそうな皮膚を刺激する硬い高音と、頭の奥底を刺激する枯れた低音の組み合わせの妙というか。弾きすぎないのはギターをいかすうえで大事なんだなあ、とも思う。ギターが次にジャラーンと鳴らすのを待たされる間合いも、気持いい。
 この曲でも、ダウナーでありながら熱いボーカルが聴ける。


◆Strip It Down
 インディーズ時代に発表された曲をのちにライブで演奏したもの。パワー全開、若さ爆発。クラッシュっぽい曲調でもあり、間奏のギターはアイルランドスコットランドあたり(テキトーな書き方ですんません)のトラッド・ミュージックの香りもする。ギターのノイズも計算された感じでハマっていて、みごと。


◆It's So Easy
 ガンズ・アンド・ローゼズの曲をカバーしたもの。ライブ音源。テンポがどんどん速くなる! それがロケンロール。

*1:こちらのリンクに、コードをのっけてみました。

*2:邦題「雨にぬれても」、映画「明日に向かって撃て!」の主題歌