Paul Rodgers──Can't Be Satisfied
ブルースくさいロックが好みの人には、たまらないコンセプト・アルバムではないかと思う。そのコンセプトとは、
- Paul Rodgers が歌う
- シカゴ・ブルースの巨匠 Muddy Waters 師の十八番をカバーする
- 功成り名を遂げたリードギタリストを曲ごとにゲストに迎える
というもの。
ゲストのギタリストを列挙すると、Buddy Guy, Trevor Rabin, Brian Setzer, Jeff Beck, Steve Miller, David Gilmour, Slash, Gary Moore, Brian May, Neal Schon, Richie Sambora。
で、みんなブルースを演るの。プログレな人も一緒にブルースですよ。ボンジョヴィ(ジョンボヴィだっけ?)な人もブルース。ローゼズ・アンド・ガンズな人もキュイーンな人も、そろってブルース。いやあ、楽しいやね。
ちなみに、ドラムスは Jason Bonham ですよ。Led Zeppelin の John Bonham の息子さんね。
Jeff Beck 先生が3曲も参加していて、いつもながらすばらしいとか、Gilmour さんハマリすぎとか、May さんや Slash さんはどこ行っても自分流を通す人だなあとか、Paul Rodgers はすごいとか、話の種は尽きないわけですが、今日は元 Stray Cats の ギタリスト Setzer 氏にしぼって書こうと思います。
音楽を語るのに、「驚異的」とか「衝撃的」とかの言葉はとっくにインフレを起こしていて、使いにくいのだが、ここでの Brian Setzer の演奏には、仰天した。
この驚異的な演奏を可能にしている技術的なポイントは、大ざっぱに言って3点あるのではないかと思った。まあ、ヘタクソなギターかぶれが、インチキなウンチクをたれていると思って読んでください。
1つは、この人がサム・ピックを使っている(たぶん)ことと関係がある。つまり、人さし指と親指ではさんで持つタイプのピックではなく、よくフォークの人がアコギを弾くのに使う、親指にはめて固定するピックを使っているということ。これによって、親指以外の4本の指が自由に使えることになり、ピックと指の両方を使って弦を鳴らすことが可能になる。ピックを使うのに比べ、指で弾くと、弦とのタッチの加減で音に多彩なニュアンスを出しやすい。弦とのタッチの仕方を、便宜上単純化して、「たたく」「はじく」「ひっかく」「ひっぱって放す」といった要素に分類するとして、こうした要素の組み合わせ方や出し入れの加減の幅は、指で弾いた方が断然広くなる。
2つ目は、この指も使うということにやはり関係することだが、コードの鳴り方について。ピックの場合は、第1に、ピアノのように複数の弦を同時に鳴らすことはできないわけで、音の出だしに弦ごとの時間差が生じる。この時間差は微妙なものではあるけれど、どんなに右手の振りを速くしても、「ジャラララ」と1弦1弦順番に弾くことにならざるをえないということ。第2に、先に弾いた弦の方が遅れて弾いた弦よりもアタックが強くなるぶん、よけいに大きな音で鳴る*1ということ。一方、複数の指を使って弾くことで、もちろん高度な技術的な熟練を前提とした話だけれども、時間差と音の強弱を埋めて、ピアノみたいに和音を鳴らすという選択肢が可能になる。
3つ目はチューニング。この曲で彼は、6弦(いちばん音の低い弦)を通常のチューニングより全音下げている。通常E(ミ)に合わせる6弦を、D(レ)に下げているわけです。もっとも、このチューニング自体は別段めずらしいものではないし、彼の意図としても曲の構成上、低音のDが必要だからそうしているに過ぎないのだろうけれど、これによる音色の変化はこの曲の演奏にぴったりはまって、見事な効果を生んでいる。ゆるくチューニングされた低音弦独特の、「コンコン」というやわらかい響きが*2、曲の要所要所ではさまる。これにより、高音の鋭い音との落差が生じ、曲に軽快感がもたらされている。
この低音弦の「コンコン」の効果、そして1つ目のポイントとしてあげた指とピックを併用することによる音色の多彩さ。これが見事に演奏にいかされている。たたき気味のアタック、こすり気味のアタック、はじき気味のアタック、こういった多彩なニュアンスの音色に加えて、いわゆる空ピッキング*3が有効に入り、聴く方の皮膚感覚が心地よく揺すられる。
そして、2つ目のポイントとしてあげたコードの鳴り方。ピアノのような均質な和音。さらに、ジャズピアノのような転がす感じのフレーズも、ピアノ的な情緒を生んでいる。しかしながら、先に言ったように、音色の幅は非常に広く、これはピアノでは出せない触感である。ギターのよさを最大限に引き出しつつ、ピアノ的な表現も取り入れている。
音色ということで、もうひとつ感じるのは、子音的だということ。楽器の音に「子音的」も「母音的」もあるかいなと思わないでもなく、自分でもうまく論理化できないんだけど。この曲でのギターの音質は軽くて乾いた感じなのですよ。[k][t][p]といった音が歯切れよく鳴っているような感触。「擦過音」とか「破裂音」とか。ときおり鼻に抜ける[m]のような音が入ったり。
実は、私が初めて聴いた Brian Setzer の演奏は、この Paul Rodgers との共演であって、その出会いがあまりに衝撃的だったものだから、Stray Cats などを聴いてみたのだけど、彼のこれ以上にすごい演奏はまだ見つかっていない。