Rod Stewart / Handbags & Gladrags

 ここ数日、ひどく調子が悪くて、といっても体調を崩したわけでは全然ないんだけど、さっぱり音楽が聴けないという状態が続いていた。通常であれば気持ちのよい曲が、しっくりこない。というより、うるさく感じる。ざわざわと騒々しい音どもが、まとまりを欠いて身にまとわりつく感じで、体のなかで再構成されていかない。
 何聴いてもそんな感じでイラついてたので、八つ当たりしてしまった。ごめんよカート。
 そういうわけで、いろいろ聴いても、なんかしっくりこなかったんだけど、上の画像のロッド・スチュアートのソロ・デビュー・アルバムを聴いてなんぼか元気になった。
 若きロッドの霊妙なボーカルもすばらしいし、ロン・ウッド(ギター、ベース)、ミッキー・ウォーラー(ドラムス)――いずれもロッドとともに第1期ジェフ・ベック・グループの残党――をはじめとするバックも見事。ソウル、ブルースのずっしりとした重みと、いかにもブリティッシュ・ロックという陰翳というか湿り気をおびた感触がしっくりくる。などど「ジャンル」を云々すると我ながら何言っているのかよく分からなくなるのだが。
 このアルバムに、取り上げたい曲はいくつもあるのだけど、今日は4曲目の "Handbags & Gladrags" について。
 バラードではある。Manfred Mann のボーカリスト、Michael D'Aboという人による楽曲提供。Manfred Mann というのは私には初耳だったのだけど、同名のピアニストの率いる60年代に活躍したバンドらしい。YouTube でいくつか動画を観たら、これはハチャメチャでかなりおもしろい。要チェック。
 さて、ロッド・スチュアートの曲に話を戻すと、楽器は、ピアノが中心、オーボエ、フルート、ストリングスに、ベースとドラム、それからアコースティック・ギター。あとホルンかな。
 まず、オーボエとギターのアルペジオによるイントロが美しい。そこにひっかけるようなピアノがからみ、ロッドが歌い出す。静かに8小節歌ったところで、ドラムスが入ってくるのだけど、ベースとドラムはウッド&ウォーラー、あのジェフ・ベック・グループのリズム隊である。ウッドの左右に揺すぶるベースが俄然踊り出し、ウォーラーがずしりと重いリズムを力強く叩き出す。
 しかし、曲調はあくまでもゆっくりで穏やかなバラードなのである。だから、殴打されるヘヴィーなドラムスは、きっちり閉じこめられる。激しいドラムスは、呼応し響き合う仲間を持たないのだから、どんなに殴っても、つられて「全体」が高まっていくことはないのである。そして彼は自身を幽閉する壁をむなしく繰り返し叩きつける。「泣きのギター」とはよく言うけれど、これは「泣きのドラムス」。クライマックスでは、ますますこぶしを傷つけ、その背後でベースが何か勝手にぶつぶつ呟いてる。こういう剥離感がたまらなくリアルだと思う。
 ドラムがしばしやみ、管楽器に主導権が移るときのクールダウンにも、色気がある。先述の「剥離感」、ベースの呟きもそうなんだけど、この穏やかな管楽器が演出するクールダウンも、単純にスイッチするように曲の調子を切り替えるというよりは、「伴走」と言うべきなのだと思う。ボーカルやドラムが激情を奏でているとき、それをいたわるように脇を「伴走」している。横で激しくのたうっている情動に、まるで無関心であるかのように。それは「大丈夫だよ。安心しなさい」などとお節介に声をかけたりしないし、向き合って手を差し伸べるでもない。直線的に前に向かおうとする絶望的な激情が横にあるとき、ただあらぬ方向を向いて、ゆっくりと走り出すだけだ。
 このとき、道は開かれないまでも、視界は開け放たれ、多方向に開かれた世界の一端がかいま見える。この、ほんのいっときの緊張の緩和。それはブレーキを踏んだり、過剰なノイズを一気に抜いたり、力を抑えたりすることで得られているのではない。ただおのおのが自分の歌を歌うこと。力を拡散させ、中心からずらしてやること。それは「緊張の緩和」というより、むしろ緊張と緩和が同時併行して生起するようなものかもしれない。
 そして、ロッド・スチュアートのすばらしい歌、声。なんだろう。彼の声の質や唱法によってそうなっているのか、それとも録音のしかたによるものなのかはわからない。ある一定の限界以上に針が振れない、これもまた閉じこめられた感がする。何と言うべきか不思議な感じなのだけど、盛り上がるところで彼が叫ぶほど、その叫び声が抑えられるという、そんな印象を受ける。強か弱かという二元論では割り切れないような、ひとつの発声に同時に少なくとも2つの力が働いているとしか言いようのないような厚みが、とくにこの曲では感じられる。外側に向かって広がっていく力と、天井から内向して押さえつける力の2本のベクトルが、ひとつの声に内在している。




 "Handbags & Gladrags" の同じ音源は、以下のアルバムにも収録されています。

The Mercury Anthology

The Mercury Anthology


 それから、ほんの30秒ほど、以下のサイトで視聴できます。
http://lounge.ongen.net/search_detail_track/track_id/tr0000212946/


 下のリンクでは、Stereophonics による、同曲のカヴァー(これもまたすばらしい)が聴けます。ロッド・スチュアートによるオリジナルを、忠実に再現しようというカヴァー。
 Kelly Jones は近年最高の若手シンガーのひとりと言って間違いないと私は思います。声ひとつで甚大な訴求力をもつ、「ボーカリスト」たる呼び名に真にふさわしい、たぐいまれな人じゃないかと思いまする。
●Handbags and gladrags(YouTube)


 Stereophonics によるカヴァーは、以下に収録。

Handbags and Gladrags

Handbags and Gladrags